第4章 知覚の探求とアニメーション表現

No.46

2Dアニメーションでの不変更について


包囲光配列

ジェームズ・ギブソン(James Jerome Gibson)は、眼に入る光という限られた情報を用いて、人間がどういうふうに環境世界を捉えているのかを考察し、その手がかりとして観察者を包み込む環境からの光、包囲光配列(anbient optic array)とその変化に着目しました。
包囲光配列には、環境にある物体の面に現れる肌理(きめ texture)の密度の差(肌理の勾配 texture gradient)や対象の面を分ける縁(edge)があり、それらの変化によって恒常的な環境の構造(不変更 invariant)を知覚することができます。
また観察者が移動することで包囲光配列の変化が顕著になり、手前の面に隠された後ろの面の情報も知覚され、より正確に不変更が捉えられます。
下図はギブソンの著書「生態学的視覚論」で解説されている「窓のある部屋の中にいる観察者」の図解を若干改変して、ボタンをクリックすることで包囲光配列が切り替わるようにしています。
視点1、視点2、視点3のボタンをクリックすると、観察者が移動し、視界や縁(edge)および隅(corner)を結んだ線が変化して、見えなかった面が現れたり、逆に見えていた面が隠れる様子がわかります。

 

画像の重なりでのクレーンショット効果

2Dアニメーションでは、平面に重ねられた近景から遠景までの画像を、少しずつずらしながら移動させることで、広い空間の奥行きを表すことも行われてきました。
これはスクリーンの中の擬似包囲光配列を変化させることで、画面内の空間構造(不変項)を感じさせているとも言えます。
その一例として、ここでは長編アニメーション映画「イエローサブマリン」の一部を借用して紹介しています。

 

隠された形

 

暗闇や霧の中に居て周りの物が見えない時、私たちはかすかな明かりや霧の中にぼんやりと浮かび上がる影などを手がかりに、環境を把握しようとします。
ここでは、わずかな手がかりで全体の形を探る仕掛けを作ってみました。

「覗いた形」
青い形をドラッグして動かすと、動き幅が狭い時は青い形が球体の表面をなぞって移動するように見えますが、さらに大きく移動させようとすると円弧が現れ、四角い窓を移動させて静止した青い円の一部を覗いていたのだと分かります。
わずかな情報だけだと、実際とは違った見え方をする場合があります。

「見えない形」
一つは霧の中や吹雪の中のようなホワイトアウトした空間を作り、背景の黒い円をドラッグして移動させる事で見えない空間の一部が現れるようにしています。
またもう一つは、闇夜のような真っ暗な空間の中を、明るい円を手がかりに暗闇に居るものをさぐる仕掛けになっています。
私たちは、見えている部分をつなぎ合わせて、全体像を捉えようとします。

 
 
 
 
 
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ダイアローグ・イン・ザ・ダーク

ダイアログ・イン・ザ・ダーク(Dialog in the Dark)は、完全に光が遮断された暗闇の中を、視覚障害者のスタッフが、参加者グループを案内し、その空間を体験させる施設です。
視覚を閉ざされた参加者は、聴覚・触覚・嗅覚などを頼りに、施設内の小川にかかる橋を渡ったり、カフェで飲み物を味わったりという体験をします。
この施設は、1988年にドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ(Andreas Heinecke)の発案によって誕生し、美術館での巡回展示やフェスティバルの特別イベントなどで世界中を巡回したのち、最初の常設展示は 2000年4月にドイツのハンブルクに設けられました。それ以降、日本を含め多くの国で開催されています。
ここでは体験を通じて、視覚以外の感覚が、環境の構造や物の本質を理解するのに如何に役立っているかを知り、その大切さも学ぶことができます。
また後で振り返った時、歩き回り、お店の中で参加者どうし話し合ったことが、ひとつのまとまった空間構造の中での出来事として思い出します。
これは聴覚や触覚、嗅覚を使って、環境の不変更を把握していたということではないでしょうか。

 

移ろい(passages)

 
「移ろい(PRZEJŚCIE PASSAGES)」1981年
Film Polski .pl
監督:クシシュトフ・ライノッホ(Krzysztof Raynoch)
音楽:マレク・ウィルチンスキー(Marek Wilczyński)
製作:アニメーション映画スタジオ(Studio Filmów Animowanych) (ポーランド クラクフ)
 

1991年にテレビ番組で放映された「東欧アニメ」の中の作品「移ろい(PRZEJŚCIE)」は、真っ白い背景の中を、黒いシルエットのような男がベッドに寝転んだり、新聞を読んだり、お湯を沸かしてお茶を淹(い)れたりする日常を描いています。
背景には何も描かれていないので、はじめは、どのような空間なのか何があるのか、観る者には分かりませんが、男が行動することで家具や鳥かごなどが白く浮かび上がり、だんだん空間が把握できるようになります。
これも動くことによる主観的輪郭を利用したユニークなアニメーションといえます。
暗い音楽も伴って、当時の東欧の閉そく感が伝わってくるような作品です。
残念ながら、ネットで探すことが難しく、ムービーを紹介することができませんが、上記のスチルカットで、ある程度推測していただくことは可能ではないでしょうか。

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