第4章 知覚の探求とアニメーション表現

No.52

見立てのアニメーション


 

見立てと擬(もどき)

辞書で調べると「見立て」は「ある物を別のものと仮にみなして表現すること。なぞらえること。」とあり、「擬(もどき)」は「名詞の下について、それと張り合うくらいのもの、それに匹敵するもの、そのものに似て非なるものである、などの意を表す。例:がんー、梅ー、芝居ー」とされています。

見立て
日本には見立てを楽しむ文化があると言われ、盆栽は植木鉢で育てた小さな樹木を大きな松の木に見立てたり、水石(すいせき)は河原を探索して見つけた小石から大自然の景観を感じとったりします。
落語でも扇子を箸やキセル、手ぬぐいを本や焼き芋などに見立てて話を盛り上げます。

擬(もどき)
一方、「擬」の文化も日本にはあって、食品サンプルなどは日本発祥だと言われています。蝋や合成樹脂を使ってそっくりに作られた食べ物が食堂の店頭に飾られてきました。
また、江戸末期から明治にかけての見世物のために作られた生(いき)人形も実際の人間のようにリアルで、見る者を驚かせます。

「見立て」と「擬」は対照的な意味合いを持っていて、「見立て」が実物とはかけ離れたものの中から共通点を見出して実物をイメージして楽しむのに対して、「擬」は可能なかぎり実物に近づけ、実物と見紛うような造形を目指します。
したがって「見立て」は人間が能動的に想像力で関わっていく必要があり、「擬」は本物そっくりの外見で向こうから直接目に飛び込んでくると言えます。

アニメーションの場合
これらをアニメーションに当てはめて考えて見ると、私にとってすぐに思いつく作品で、「見立て」に相当するものはF.ロフシュ「重力」やJ.ラセター「ルクソーJr.」、「擬」はロトスコープを使ったラルフ・バクシ「指輪物語」やモーションキャプチャーを駆使した3DCGの「アバター」などが挙げられます。
「重力」はリンゴの木を人間社会に見立て、「ルクソーJr.」は電気スタンドそのものを人間的な親子に見立てています。「指輪物語」や「アバター」は、実際の人間の動きをそのままキャプチャーして極めてリアルなキャラクターを造形しています。
現在の3DCGやAI技術は、「擬」の方向に突き進んでいるように思われます。



「見立て」と「擬」の両者とも非常に重要なアニメーションの要素であり、様々な作品が程度の差はあれ両方の性質を含んでいます。
3DCG技術が急速に発展し、ヴァーチャルな世界が広がりを見せる現代ですが、一方で人間が想像力を働かせることで味わう見立ての世界も、人間ならではの文化として存在し続けるのではないでしょうか。

 

見立てのアニメーション

1994年に大学二年生を対象にした4週間の授業で、他の授業と共通の「歩く」「走る」「跳ぶ」というテーマで、単純化した形態を動かす課題を出しました。当時はフィルムからパソコンでのアニメーション制作へ移行する過渡期で、QAR(Quick Action Recorder)というビデオカメラを使った簡易作画チェックシステムが普及していて、撮影してその場で動きがチェックできるため、それを使用したした切り抜き技法を主とする課題としました。そこで、学生に見せる参考資料として、この「見立てのアニメーション」の制作を行いました。
まもなくMacromedia Directorというアプリケーションを使ったパソコンでのアニメーション制作に移行しましたが、当時パソコンの処理能力はあまり高くなく、動きやインタラクションに重点を置いた作品に取り組んでもらうため、引き続き単純な形態を扱う課題が続きました。
この作品は「見立てのアニメーション」として、単純な形の要素を2、4、8、12分割して、それぞれ、どんな物が表せるかを試したものです。
元は、クリックしながら進めるインタラクティブなアニメーションでしたが、ここでは、操作した様子を記録した映像でご覧いただきます。

形態バリエーション
上記「見立てのアニメーション」を制作するにあたって、限られた個数の要素から、動きを想定して、どのような形ができるかを考え、書き出してみました。
要素の数が増えるにつれ、可能な形のバリエーションが増えています。

 
 
インフォメーション・アイコン

< 擬(もどき)の例 >

- 食品サンプル -

レストランの店頭のショーケースなどに並べられている料理は、一見、本物と見紛うほどにリアルに作られています。
浅草のかっぱ橋道具街で購入した塩ジャケの切り身は、お皿に並べていれば口に入れるまで気がつかないのでは?と思うほどリアルです。

- 生(いき)人形 -

アメリカ、スミソニアン自然史博物館に収蔵されている生(いき)人形です。
江戸時代末から明治前期に活躍した熊本の人形師・松本喜三郎が、浅草で興行した生人形で「貴族男子像」とされています。
イギリスのマダム・タッソー館などにある蝋人形に通ずる生々しさがありますが、蝋人形に比べ、リアリティとともに様式美も感じられます

※ 写真は「生人形と松本喜三郎」 「生人形と松本喜三郎」展実行委員会編から引用
- AI生成画像 「The Electrician」 -

ソニーワールドフォトグラフィーアワードのある部門で1位に選出され、その後作者が辞退したため、主催者はウェブサイトから彼の作品を削除しました。
作者はドイツの写真家ボリス・エルダグセン(Boris Eldagsen)で、この作品が画像生成AIツール「DALL-E(ダリ)2」を使って生成したものだと証し、「AIを使って生成されたこの作品は写真ではないからだ」と辞退の理由を述べています。
また「私にとって画像生成AIとの作業は、私が監督となって行う共同創造のようなものだ。ボタンを押すだけで完成するようなものではない。洗練されたテキストプロンプトを作ることに始まり、複雑なワークフローを開発し、さまざまなプラットフォームやテクニックをミックスしていくという、プロセスの複雑さを探求することなのだ」と述べています。
エルダグセンは、そのほかにも画像生成AIを使って、「pseudomnesia(偽の記憶)」と名付けたシリーズ作品を制作していて、写真とは何か?という問いを投げかけています

※ 下記URLをクリックすると別ウィンドウでボリス・エルダグセンに関するサイトがご覧になれます。

< 見立ての例 >

ここでは、一般的な見立ての例として、盆栽、水石(すいせき)、奇岩などを紹介しています。

図版下の矢印をクリックするとページが切り替わります。
- 盆栽 -

長寿梅(ちょうじゅばい)
複雑に枝分かれした幹が海岸の松の木を連想させ、黄色い実が月のようにも見えます。

バラ科の落葉低木/日本に原産するクサボケ(別名シドミ)の園芸品種。

※ 写真は「盆栽 春夏秋冬」2010年 著者:村田勇 発行所:株式会社講談社から引用
- 岩山・水石 -

ゴブリンの谷

ゴブリンの谷は、数千ものキノコ状の岩が密集している地帯です。
この写真の岩は、人間のような顔をした二匹の動物が、狛犬(こまいぬ)のように両手足を地面について座っているように見えます。
自然の造形というより、人が作った像のように整然としています。

アメリカ・ユタ州サン・ラファエル砂漠ゴブリン・ヴァレー州立公園

※ 写真は「奇岩の世界」2018年 編者:山田英春 発行所:株式会社創元社から引用
- 流木の馬 -

イギリスの彫刻家ヘザー・ヤンシュ(Heather Jansch)による流木を使った馬の像です。
生き生きとした力動間のある造形は、あたかも本物の馬が魔法で流木の馬に変えられたような不思議な世界を感じます。

- 落語の扇子と手ぬぐい -

日本の代表的な伝統芸能のひとつであるえ落語は、噺家ひとりが座ったままでいろいろな人物を演じ、ユーモアを交えた巧みな話芸で観客を楽しませます。
また噺家は話芸の中で、手元の扇子や手ぬぐいなど何気ない道具を使ってさまざまな物に見立て、観客の想像を掻き立てて話を盛り上げます。

扇子
煙管(きせる)、箸、筆、棹(さお)・櫓(ろ)、釣り竿、剪定バサミ、刀・槍、傘、お銚子、大杯(おおさかずき)、など

手ぬぐい
本や手紙、煙草入れ、財布、焼き芋、など

落語で用いられる扇子は「高座扇子」と呼ばれ、一見普通の扇子に見えますが、一般の「夏扇子」とは異なり、サイズがひと回り大きく、丈夫で主に無地の白扇になっているそうです。
ここではYouTubeに上がっている桂阿か枝の芸を紹介します。
扇子や手ぬぐいを使った落語家の巧みな芸をご覧いただければと思います。

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