第1章 アニメーションの原理

No.14

プラクシノスコープの仕組み


 

プラクシノスコープの仕組み

 

プラクシノスコープは、フェナキスティスコープの登場から45年後、1877年にフランスの科学者エミール・レイノーによって発明されました。
これはスリット越しに覗くのではなく、中央の12枚の鏡からなる角柱を用いることで、明るく鮮明な動く画像を得ることができる画期的な装置でした。
ここでは、その装置の仕組みをシミュレーションした映像で紹介します。

 

市販のプラクシノスコープ・レプリカ

 

玩具あるいはインテリアとして現在も市販されているプラクシノスコープを、コマ撮りして動かした映像です。
若干、作りの荒さはありますが、ドラムの内側に置かれた画像は流れて見えるだけなのに、中央の鏡に映る画像は同じ位置で動いて見えます。

プラクシノスコープ劇場

 

レイノーは、1879年にプラクシノスコープの改良版として「プラクシノスコープ劇場」を作りました。これは、手前に覗き穴を設け、劇場のようなセットの向こうに動く画像が現れるようにしています。
ここで紹介する映像は、武蔵野美術大学が所蔵している製品を実際に動かして、ビデオカメラで撮影したものです。
(武蔵野美術大学 美術館・図書館にて山端健志氏撮影、提供:山端健志)

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エミール・レイノーについて

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エミール・レイノー(Emile Reynaud)は、映写による自然科学の講座を受け持つ映写技師でしたが、独自に視覚装置に関する知識を身につけ、ビスケット箱と壁掛け鏡を使ってプラクシノスコープを発明しました。
1877年に特許を取り市販されましたが、プラクシノスコープは従来のフェナキスティスコープやゾートロープでは得られない鮮明な画像と動きを持つため人々の人気を得て、大きな商業的成功を収めました。
その後レイノーはさらに改良を加え、1880年に幻灯機の原理を用いた投影式プラクシノスコープ、また1888年にはそれを大きく改良した装置テアトル・オプティークを発明しました。
テアトル・オプティークは大きなスクリーンで大勢の観客にストーリー性のある映像を見せることができる装置で、1889年のパリ万国博覧会に展示され、エディスンの注目を惹いたと言われています。
この装置は、パーフォレーションのついた帯状に並んだ画像を映写することで、長時間の映像をスクリーンに映すことができるもので、背景と動くキャラクターを別々に映写していました。
1892年からはパリのグレヴァン劇場で連続上映が始まり、大変な人気を博したと言います。