第3章 アニメーション表現の可能性

No.36

ライヒの音楽について


ライヒの音楽について

スティーヴ・ライヒはミニマル・ミュージックを代表する作曲家のひとりですが、初期に発表した漸次的位相変異プロセス(gradual phase shifting process)の曲は特に有名です。 この音楽は、短いフレーズが繰り返され、わずかな違いが加わることで響きが異なり変化して行く音楽で、ミニマル・ミュージックの典型的な曲のひとつとされています。
初期の代表曲「イッツ・ゴナ・レイン(It's gonna rain)」1965年や「カム・アウト(Come Out)」1966年のように、フレーズの長さがわずかに異なることで、徐々にずれが拡大し異なった響きが現れるものや、「ドラミング(Dramming)」1971年や「6台のピアノ(Six Pianos)」1973年のように、一定のリズムの間に別の音が加わったり消されたりすることで、様々なリズムの変化が現れる作品があります。

 

漸次的位相変異プロセス

同じフレーズを繰り返すふたつの楽器で、片方の奏でるフレーズの長さがわずかに違うため徐々にずれて行き、異なる響きが聴こえてくる「カム・アウト」の仕組みを、簡単に説明します。

 
 

カムアウト テスト

 

スティーヴ・ライヒの漸次的位相変異プロセスを用いた代表曲のひとつ「カム・アウト」で、「Come out to show them」という同じフレーズの重なりがずれた時にどう聞こえるのかを検証するため、ずれ幅を大きくして、短い時間で1フレーズ分ずれるようにし、単純化した形で作ってみました。ライヒは二台のテープレコーダー間での再生速度のズレを利用していますが、ここではパソコンの編集ソフトで行なっています。
下図はフレーズの連なりの一部を拡大したものですが、A1のフレーズは1.15秒、A2のフレーズは1.125秒で、少しずつずれています。
その下のムービーは、編集ソフトで音楽を再生しているところの動画で、再生ヘッドが移動して行きます。ムービー開始時はほぼ同期していますが、だんだんずれて行き、再び同期したところで終わります。ずれて行くことで響きが変化して行きます。

 
フレーズ拡大図
 
 

「漸次的位相変異プロセス テスト」

 

フレーズの長さがわずかに違うため徐々にずれて行き、異なる響きが聴こえてくる漸次的位相変異プロセスを簡単なアニメーションで視覚化してみました。
同時に出発し同じ軌跡をたどる二つの円ですが、青い円の方が動きが少し遅れていて、何度も同じ動きを繰り返すうちに少しずつ赤い円との差が開いて行きます。ムービーの中程で動きの方向が真反対になり、赤い円と青い円の音が同期します。さらに差が開いて行くと再び動きが近づき、重なったところでムービーは終わります。

 
※ このムービーのモバイル端末での音の再生は、消音設定(マナーモード)を解除する必要があります。
 
 
 

漸次的 加算・減算プロセス

スティーヴ・ライヒの「ドラミング」や「6台のピアノ」は、複数の楽器で、一定の間隔で繰り返される音を出現させたり、すでに繰り返されている音を抜いたりして、常に変化し続ける音楽となっています。ここでは簡単なアニメーションで変化の様子を視覚化しています。

 

漸次的加算・減算プロセス テスト

 

漸次的加算・減算プロセスをごく単純化して、加算プロセスを説明しています。
打楽器が1小節ごとに1音ずつ一定のリズムを奏でますが、4小節目から別の打楽器がタイミングを少しずらして一定のリズムで参加します。
このように次々に加わることで、総合的なリズムが変化します。

 
※ このムービーのモバイル端末での音の再生は、消音設定(マナーモード)を解除する必要があります。
 
 
 

下の映像例では、円が移動するひとつのコース上に障害物としての円を並べ、それにぶつかることで音が出るアニメーションとしています。障害物が違う位置に現れたり消えたりすることで、リズムが変化します。

 
インフォメーション・アイコン

ミニマル・ミュージックについて

ミニマル・ミュージックは、1960年代にアメリカで現れた現代音楽のジャンルで、パターン化された短い繰り返しのフレーズ単純な構造、また繰り返す中での響きやリズムの変化を特徴としています。
一般に、テリー・ライリー(Terry Riley)、スティーヴ・ライヒ(Steve Reich)、フィリップ・グラス(Philip Glass)、ラ・モンテ・ヤング(La Monte Young)の4人が、代表的な作曲家として挙げられています。
ミニマル・ミュージックは、概して平坦でクライマックスをもたず、繰り返す響きが特徴で、例えばライヒの漸次的な位相の変化は渚に繰り返し打ち寄せる波を、グラスの短いフレーズはくるくると回転し続けるフェナキスティスコープを連想させます。
ミニマル・ミュージックは多くのミュージシャンに強い影響を与え、また上記作曲家もその後ミニマルなスタイルは残しながらも、より複雑な音楽へと変貌を遂げて行きました。
以下に、ミニマル・ミュージックの初期の代表曲と、私が個人的に興味深く思った曲を紹介します。

 

「In C」(1964年)テリー・ライリー

InC-Jacket

ミニマル音楽を代表する曲で、他の多くのミュージシャンに大きな影響を与えました。
曲の冒頭、ピアノによるド(C)音のパルスが打たれ始め、全曲を通して一定のリズムで鳴り響きます。
「In C」は、標準的な楽譜ではなく、指示書によって演奏されることが特徴です。スコアには大小53個の様々な断片が記されていて、各断片は異なる楽器や音色で演奏できます。演奏者は、各フレーズを演奏する順番や回数、そして次の断片への移行を自ら決定する自由が与えられます。このため、「In C」の演奏は、自由度が高く、演奏時間や内容も毎回異なります。
なお、曲の基調となるド(C)音のパルスは、スティーヴ・ライヒが提案したアイデアだということです。

(下のタイトルをクリックすると新規タブでYouTubeのページが開きます)
「In C 」(version for chamber ensemble) 45:30
Ensemble: Bang on a Can All-Stars
 
 

「Draming」(1971年)スティーヴ・ライヒ

InC-Jacket

打楽器を中心にした漸次的加算・減算プロセスの最も有名な曲で、これもミニマル・ミュージックの代表的な作品です。
打楽器奏者9人と女声2人、ピッコロ奏者1人の計12人を要し、演奏は1時間に及ぶ大作ですが、非常にシンプルなリズム・パターンが繰り返されます。
しかし、奏者が加わったり退いたりしてリズム・パターンが常に変化し、打楽器もボンゴマリンバグロッケンシュピーゲルが入れ替わり、また音の重なりの中で聴こえてくるリズムとメロディをなぞるように女声ピッコロが入ってきて、とても絢爛な音楽になります。

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「Draming」56:53
L'ensemble de percussion de l'Université de Moncton
 
 

「The Photographer」(1982年)フィリップ・グラス

InC-Jacket

グラスの作品は、「Music in Twelve Parts」のような最もシンプルでミニマルな作品から次第に複雑なものに発展し、ダンス音楽や映画音楽など活動の場も広がっていきました。
「The Photographer」は、第1章-2「映画前史」で紹介したエドワード・マイブリッジを取り上げた室内オペラで、マイブリッジの殺人事件も含めた彼の生涯を描いていますが、彼の残した一連の連続写真を見たときのようなミニマルで目眩く響きが印象的です。

(下のタイトルをクリックすると新規タブでYouTubeのページが開きます)
「The Photographer」42:24
Act I: "A Gentleman's Honor" (Vocal)
Act II
"A Gentleman's Honor" (Instrumental)
Act III
 
 

「O Superman」(1981年)ローリー・アンダーソン

InC-Jacket

ローリー・アンダーソンは、ヴァイオリンのブリッジにテープレコーダーの磁気ヘッドを取り付け、短い言葉のフレーズを録音した磁気テープの弓でこすって音楽を奏で踊るなど、音や光など様々なメディアを現代の技術で加工し、自らのパフォーマンスで展開させる前衛アーティストでした。
この「O Superman」は、彼女のパフォーマンスの舞台「The United States」のために作曲されました。
曲の冒頭「Ha! Ha! Ha! Ha! 」という短いフレーズの繰り返しで始まり、それが曲の最後まで続いて、その中で詩的な言葉とパフォーマンスが展開されるミニマルな特徴を持っています。
この曲は、音の響きの美しさだけでなく、不安や寂しさを掻き立てるような社会的な要素も含んでいて、非常に興味深い味わいがあります。

(下のタイトルをクリックすると新規タブでYouTubeのページが開きます)
「O Superman」[Official Music Video] 8:27
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