第4章 知覚の探求とアニメーション表現

No.50

バイオロジカル・モーション


 

G.ヨハンソンについて

グンナー・ヨハンソン(Gunnar Johansson, 1911年 - 1998年)は、スウェーデンの著名な心理学者で、特に視覚知覚と運動知覚の研究で知られています。
彼は、視覚におけるゲシュタルト法則の中でも、「共通の運命」のような運動知覚に興味を持っていました。
また、J. J. ギブソンの理論にも共鳴し、二次元である網膜像の微妙な変化だけで三次元の知覚を成立させる仕組みを探りました
そこで、「眼は、カメラのようにシャッターによって画像を記録する装置ではなく、基本的には、時間的に変化する光の流れを分析する装置である」として、様々な実験を重ね、視覚系が物体の運動を理解する際に、可能な限り剛性(形の変わらない硬い性質)のある解釈を選択するという剛性仮定(Rigidity Assumption)を提出します。
ヨハンソンの研究は、視覚と運動知覚の理解に大きな貢献をし、現代の心理学および認知科学の発展に重要な影響を与えました。

 

バイオロジカル・モーションについて

バイオロジカル・モーション(Biological Motion)は生物学的運動ともいい、ヨハンソンの研究で広く認知されています。
彼は、被写体の形態を消して動きのみを捉える方法として、小さな光源を動くものに装着し、暗闇の中で光源の動きだけを抽出する点光源表示法(point-light display)を使用しました。
具体的には、肩、腰、膝、足首などの関節部分に光点をつけた人物が、暗闇で運動する様子を撮影したものですが、そこで捉えられた映像は驚くべきもので、我々はそれを見た瞬間に人の動きだと認識し、微妙な動きの特徴まで感じとってしまいます。
これは剛性仮定に従って、たとえば腰、膝、足首などにつけられた光点の動きが、太腿(ふともも)や脛(すね)といった剛体(形の変わらないもの)として認識され、それぞれの振り子運動の入れ子構造が、足の動きを感じさせる結果だとされています。
ここではヨハンソンの実験ムービー「2-Dimensional Motion Perception」を、YouTubeとリンクして紹介しています。

 
※ ここでのムービーは、YouTubeにリンクして表示しています。YouTubeで削除されて表示されないことがありますが、その場合はご容赦ください。 

3-Dimensional Motion Perception

ヨハンソンはさらに点や線や面の動きが三次元の立体的な動きに見える仕組みを実験で探っています。
ひとつの点の動きだけでは立体感は曖昧ですが、複数になったり線や面が大きさを変え、動きの軌道も調整すると立体的な動きに見えてきます。
ここでは「2-Dimensional Motion Perception」の続編「3-Dimensional Motion Perception」を、YouTubeとリンクして紹介しています。

 
※ ここでのムービーは、YouTubeにリンクして表示しています。YouTubeで削除されて表示されないことがありますが、その場合はご容赦ください。 
 

G.ヨハンソンのその他の実験

G.ヨハンソンは、バイオロジカル・モーションの実験と同時に、動く光点や形態の見え方を実験を通して調べています。
ここでは上記実験ムービーと重複する部分もありますが、「別冊 サイエンス 特集 視覚の心理学 イメージの世界」日本経済新聞社 1975年 に掲載されたヨハンソンの論文「人は動くものをどう見る」から、彼の実験内容を説明した図版に基づいて、インタラクティブなアニメーションとしてシミュレートしてみました。
また、アニメーションに添付した解説文は、論文に掲載された図版と文章を、そのまま載せています。 この論文ではムービーと同様に「人間は個々の物体を、三次元空間の中を運動する、一定のユークリッド的形態を持ったものとして知覚する傾向がある。」という仮説が検証されています。

 
 
 
 
 
 
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バイオロジカル・モーション

実験ムービー「2-Dimensional Motion Perception」から、椅子に座った人間が立ち上がって動きだすカットを抜き出し、点をなぞって、動きをアニメーション化してみました。
ボタンをクリックすると、身体の各部分の光点を消すことができます。
右うでや右あしだけの場合、光点の点滅が気になりますが、身体全体の光点が現れると、剛体としての胴体や左うで左あしに隠れていることが分かり、あまり気にならなくなります。

 

人や動物の動きを記録すること

人や動物の動きを記録することは、映画誕生以前、すでにエドワード・マイブリッジやジュール・マレーが行なっていました。
特に、マレーの実験は、黒ずくめの人体の各部分に描かれた白いラインのみを記録することで輪郭線を隠し、動きそのものを抽出する方法で、ヨハンセンの実験と共通するものがあります。
しかし、マイブリッジやマレーの目的が、身体がどう動くかという物理的な構造を解明することであって、それが映画の誕生に結びついたのに対し、ヨハンセンの場合は映画やビデオなどがすでに普及しており、それらを使って、人が動きをどう知覚するのかを探るという認知心理学的な実験でした。 この研究によって人間の動きを効果的に捉えるための方法が確立され、映像だけでなくロボットや医療技術の発展に大きく貢献しました。

モーション・キャプチャー

ヨハンセンの、動く光点を記録したバイオロジカル・モーションの実験は、のちのモーションキャプチャーの技術につながっています
モーションキャプチャーは人やモノの実際の動きをデジタルデータとして記録する技術で、映画やゲーム、医療、ロボット制御など幅広い分野で使われています。
映画の誕生後、実写フィルムの画像をトレースしてアニメーション作品に応用するロトスコープが開発され、リアルな人間の動きが作られましたが、モーションキャプチャーでは実際の人間の動きデータを立体的に記録し、3DCGのモデルに適用してさらにリアルな動く3D映像が可能になります

下記に紹介した映画のスチルは、モーションキャプチャー技術を用いた映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)」から、実際の撮影風景とデジタル処理された映像を比較したものです。

ここで用いられている光学式モーションキャプチャーは、再帰性反射材(照射された光を拡散させることなく入射角と同じ方向に反射させる素材)でできたマーカーを被写体の関節など、剛体のつなぎ目に装着し、キャプチャーエリア内で被写体を動かします。
キャプチャーエリア内には複数のカメラが異なるアングルの位置に配置されていて、動く被写体に赤外線を照射して、その反射光をカメラで記録していきます。
カメラで複数のアングルから記録したデータをコンピュータで分析・統合して3DCGのモデルに適用し、リアルな映像を得ることができます。

※ 上記スチル写真は、長編映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)」原題:Dawn of the Planet of the Apes 1914年 監督:マット・リーブス のパンフレットから引用しています。
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