オリンピックでのピクトグラム例
ピクトグラムは、対象の形状をもとに形を抽象化して、目的とする意味を明確かつ端的に伝えるメディアです。
そのためにデザイナーは最も分かりやすい形態を求め、さらに遠くからでも瞬時に識別できるよう無駄な部分をそぎ落とし、重要な部分を強調して作り上げていきます。
国際的なイベントであるオリンピックでは、各競技を示すサインとして、年齢や文化の違いを超えて国際的に理解できるピクトグラムが用いられてきました。
人間の運動能力を競い、それを楽しむスポーツをピクトグラムにしていくためには、各競技の特徴や選手の動きの特徴を、誰が見ても直感的に分かるシンプルな静止画にしていかなければなりません。
また各オリンピックでは、それぞれの大会を印象深いものにするため、言語の壁を超えた普遍性と同時に独自性も求められていました。
ここでは「1964年東京」「1972年ミュンヘン」「2008年ペキン(中国)」「2021年(東京)」の大会を取り上げて、6種類の競技のピクトグラムを比較して見られるようにしています。
● 1964年 東京大会(日本)
大会のデザインを統括した勝見勝のもと、デザイナーたちの共同作業でスポーツピクトグラムを含む全体のデザインが作られました。
各競技種目のピクトグラムは山下芳郎が単独で任されたそうですが、他のピクトグラムとの統一感を保ちつつ、力強い躍動感を感じさせるシンプルなデザインが印象的です。
円や直線を基調にしながらも、必要に応じて用いたフォルムの微妙な曲線や、主観的輪郭線の活用が記号としての実用性とともに美しさを際立たせています。
● 1972年 ミュンヘン大会(ドイツ)
ドイツのウルム造形大学を創設し、著名なデザイナーであったオトル・アイヒャー(Otl Aicher)がピクトグラムを含む総合的なデザインを指揮しました。
フォルムは微妙な曲線を廃し、基本的に円と均一の太さの直線で作られ、手足の直線は水平、垂直のほか、45度の斜め線に限られています。
そのため東京大会に比べて、若干躍動感は抑えられているようですが、厳しい制約のもとでの幾何学的な美しさが表れています。
● 2008年 ペキン大会(中国)
各競技の選手のフォルムを太い線で表し、古代中国の甲骨文字や伝統的な篆書体(てんしょたい)を連想させるデザインです。
象形文字に近いため若干記号的ではありますが、競技独特の動きのフォルムをしっかり捉えた優れたピクトグラムになっています。
● 2021年 東京大会(日本)
グラフィックデザイナーの廣村正彰をリーダーとするデザイン開発チームがスポーツピクトグラムも担当しました。
1964年東京オリンピックのピクトグラムをベースにしていて、そのデザインを彷彿させるものがありますが、手足は比較的細くなり、主観的輪郭の部分も大きくなって、さらに躍動感を増し洗練された印象があります。
ユニークなピクトグラム
オリンピックの競技種目を表すために生み出されたピクトグラムは、開催国ごとにさまざまな違いがあります。
ここではちょっと変わったユニークな例を挙げてみました。
競技種目を表すピクトグラムも、競技の特徴を明確に伝える役割と同時に、新しいデザインで大会の特色をアピールしたい思惑もあり、なかなか難しいようです。
1968年 メキシコオリンピック
古代メキシコの象形文字や先住民族のウイチョル族のアートをモチーフにしたデザインと言われています。
競技ごとに色分けし、競技する選手の全身像ではなく、部分的な手足や競技用具などで表現しているのが特徴です。
ただスパイクのついた足だけで陸上競技を表すなど、ピクトグラムとしては少し疑問を感じるものも見られます。
2000年 シドニーオリンピック
オーストラリアの先住民族であるアボリジニが使用していた、狩猟道具としてのブーメランを手足に見立てたデザインがユニークです。
競技ごとの色分けがされた枠のある黒い背景に白い図という構成で、認知度が高く、若干抽象的ですが面白いデザインになっています。
2004年 アテネオリンピック
オリンピック発祥の地らしく、古代ギリシャの壺絵のイメージを取り入れています。
出土した壺の破片のような不定形の黄土色の画面に、壺絵に描かれていたような黒く手足の長いデフォルメされた選手の姿が描かれています。
2024年 パリオリンピック
この文章を書いている現時点(2024年7月上旬)で三週間後に迫ったパリオリンピックですが、コロナ禍中で1年遅れで開催された前回「東京2020オリンピック」(開催は2021年)に比べ、多くの人たちが集まることが期待されているようです。
この大会のピクトグラムは、人の形を用いず、ほぼ競技用具のみを使って表現しているところは、1968年 メキシコオリンピックに通じるものがあります。
しかしその造形は、「紋章」のような線対称や点対称を使い、静的で細かい線も使っていて、繊細でエレガントなデザインではありますが、ピクトグラムに求められる視認性の面からは疑問の声が上がっているようです。